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枝雀師匠が文蝶師の録音を紹介しています。
わたいはずっとへタリやってましたけど、へタリいうのも難しいもんでなア、次の人来 なんだら高座へ上がってっながなあきまへん。わたいも、いっぺん米騒動の時、後が来ま へん。前の人がせんどつないでくれたんやけどつなぎきれんようになって、わたいが上が って四、五十分つないだこともおます。普段は楽屋の頭取(監督)の役をしてました。 下座の三味線は年いった人ばっかりでなア、はなし家の嫁はんが半分くらいでしたやろ か・・・。 こんな調子で柿をモグモグ食べながらお話ししてくれはりました。まん丸い円満なお顔 でねエ。昭和五十一年、八十八歳でお亡くなりにならはりました。 ちなみに、若手の演る一動物園一に「池田はん」なる人物が登場しますが、これは文蝶 師の本名をお借りしているのでございます。 PR |
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噺家は「こわがり」でなければいけないのであります。「こわがり」というのは、なにかあった時に反応が早いんです。ことにそれがマイナスの要素であれば、敏感に反応しますから、聞き手の皆さんがどう思っておられるか常に神経をいき届かせていることになります。
そして、もうひとつ、はなし家は性格が暗い方がよろしい。昨今で申します「ネクラ」というやつですな。性格が根っから明るい人は、別に無理におもしろいことを探さんでもええわけですから、かえって「どんなことがおもしろいのか?」ということがわからないのです。「常識をわきまえているからこそ、非常識なギャグが創れる」というのは本当なんです。 「ネクラの常識人」であるからこそ、おもしろいことが言えるんでございます。 以上を総合致しますと、「噺家は、いたちでこわがりでネクラでなければならない」・・・よう考えたらロクな人間やございませんね。 枝雀さんの落語家の分析ですね。 |
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仕事の済んだ植木屋さん、その家のご主人によく冷えた「柳蔭」(味醂と焼酎を混ぜ合わせた冷酒)と
鯉のあらいをご馳走になった。主人が青菜を注文すると、奥さんが 「鞍馬から牛若丸がいでまして、その名も九郎判官」。 ご主人が「義経」と答える。 なんのことかとたずねてみると、隠し言葉で「菜は食ろうてしまった」というのを「名も九郎判官」に 掛けていったので、「よしよし」を「義経」と洒落て答えたのだという説明。 この粋さに感動した植木屋さん、早速我が家へトンで帰り、女房にいいつけて御大家のマネをすることにする。 そこへやってきたのが友人の大工。植木屋のにわか仕立ての旦那言葉に当惑しながらも、何んとか青菜を注文するところまでは付き合ってくれた。 いよいよ隠し言葉である。女房に青菜を持ってくるように言いつけると、女房は「鞍馬から牛若丸がいでまして、名も九郎判官義経」。言うことがなくなった植木屋、思わず「弁慶!」。 言うことがなくなった植木屋の顔の枝雀さんが笑わせてくれます。 |
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